わたしは忙しい3


自分がない人はこれから消えていく。 それは国家も同じだ。 前回だったかわたしはこれを言った。 自分がないということは、命の力がないだとか活力がないだとかそうした文系的情緒表現で認識するのが大体は一般だが、わたしはそろそろそうしたアプローチから脱却して、実もふたもない 状態描写 から入れば事の本質に接近しやすい理解しやすいのではないかという。 勝手に。

自分がないという事は、自分なるものを表象する振動波形を外部に発信伝達していない状況だと捉える。 そのような領域は、それは簡単に外部からの共振作用によって同じ振動波形のものに変り果てるだろう。 つまりその時点で消える=死ぬ、という事になる。 わたしの世界に対しての捉え方はその程度の幼稚で野蛮なものでしかないから、逆に言ったら迷いようがない。 理解も全くないのだが、迷ったり葛藤したり焦燥したりする余裕が全くないのだ。

わたしは精神世界なる領域でなんだか苦悩したり決意したり葛藤したり喜怒哀楽したりする人に対していつも「 面倒くせぇ連中だ」 とばかり思っている。 だから根本わたしと彼ら、そして彼らが好む領域に耽溺しているだけに過ぎないくせに覚醒だとかどうしたとかやっている連中とは恐らくそりがあわない。

どれだけお上品に繊細に緻密に物事を進めても、大きなちからが作用する時にそれらは雲散霧消する。 アメコミの世界にエックスメンというものがあり、そこに力の権化というキャラがいた。 ジャガーノートだ。 後にカプコンのキャラクター造形家などによって日本向けに更に分かりやすいビジュアルになっている。 あの塊のような物体が ガハハハハハーーー! と豪快に笑いながらパンチ一発で世界が大きく変わる。 力の解放だ。

その力をどのような形で開放するかによる違いはあるにせよ、彼もまた破壊者ではあるが世界を改変する側のキャラとして恐らく分類される。 まあ、わたしが勝手にそう決めているだけだが。


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前回だったか前々回、わたしは回転の事をいった。 そこからつなげなければならないのだが、AAの事が最優先事項になってしまった。 ついでに言っておくが、弊社とはどこか。 わたしは怖い人たちに喧嘩は売らない平和主義なのでこれは言わない。 しかし貴方は恐らくわたしの目からしてどうにもならない傾倒者だと捉えるのでどうせ分かるだろう。 当人が見たら怒るっちゅーねん、だ。


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この世界は宇宙の果てまでいっても同じことの同じ構造の同じ収奪という名称の流動性の確保というシステムが組みあがっている。 もっと言えばその組みあがっている世界に我々なるものは自覚を置いている。 収奪が流動性ではない世界も恐らくあるが、それは波形構造が大きく違うのでそこまでジャンプできない。

というよりも波形ではなく、ここで出てくるが回転かもれない。 回転だジョニー、黄金分割をイメージするんだ! とスティールボールラーンではやっていたと思うが、人類があのアニメに到達することは果たして出来るだろうかとも思いながらキイをたたく。 相当の人がいなくなってしまっているからだ。

その収奪からの流動性のシステムが恐らくもうもたない。 このオーム宇宙においても大宇宙においてもねじりん棒宇宙だったかにおいても( 知らんがな)。 だからこの世界と隔絶切断された領域における、本当に精神が実は解放されているこの最後の実験星地球において、次の新しいビジネスモデルの想起を計画してこれら全体が立ち上がっているという捉え方はあるのだ。

思えば形になって出てくるという事は、何を考えてもモノになって出てくるという事は、それら座標領域にあるキャラたちは「 自由にものを考えてはいけない」 のだ。 自由性が獲得されている風に見えて実は逆になっている。 器の殻の中に閉じ込められている精神の方が、それは独りぼっちではあるが自由なのである。

想起における自由の獲得が実はない。 宇宙人の世界は実はそうなっている。 となるとある意味彼らは変わりたくても変われない宿痾を背負った領域座標を必ず抱え持っているという言い方をわたしはする。 動的状態の維持継続を、自覚をもったまま一瞬にして変更するという事は恐らくは出来ない。 エネルギーの絶対値が足りないからだ。

存在として出ているものすべてが今行き詰っているという事を一つおいて今回はとめておく。 次回以降覚えていたら続ける。


2019630日曜